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あきらめの心境 (1995年4月~9月)

卒業直前だったか、以前のピアノの先生に相談に行く。昔、先生のお弟子さんの中にも、私と同じ症状の人がいたとのこと。1人は治るのに3年かかり、もう1人はピアノをやめてしまった、と...先生は「筋肉のバランスが崩れているのでしょう」と仰る。そして、先生自身、ある病気で5年間、全く弾けなかった経験を話してくれた。「きっと治りますから、あきらめないでください!」の言葉が、その後、どれだけ励みになったか知れない。
卒業後、音楽とは関係のない事務の仕事をするようになった。職場の人間関係もよく、インターネットの世界を知り、毎日楽しく過ぎていった。ただ、手は悪化する一方。ハリは続けていたが、もうこれ以上続けても無駄かな...と、見切りをつける。夏、1か月間全くピアノに触れないでおこうと決心。これだけ休めば、良くなるかも知れない、という希望を持っていたが、1か月後、ピアノに向かうも、全く快復の兆しはなく、「休んでも無駄」ということが、よく分かった。

片方の手を、もう一方の手で支えて、何とか鍵盤に乗せる。ぐにゃぐにゃと思い通りにならない手を、もう一方の手で固定させ、ドミソの和音を押さえる。ここまで、何秒もかかる。しかし、手を離すと、もう和音を押さえていられない。そんな、何かの冗談みたいな状態が、一体どのくらい続いたろうか...「あきらめたくない!」と、そうしたことを細々と続けてはいたものの、「もうダメかも...」という気持ちも膨らんできて、クラシック音楽を聴く気持ちが全くなくなった。ピアノを見るのもつらく、毎日のように、寄り道をして帰った。

これまで、まわりは音楽繋がりの友人ばかりだったが、その友人達と少しずつ疎遠になり、代わりに、職場繋がりで、全く音楽に関係のない友人ができた。ドライブやカラオケなど、わいわいと楽しく、よく遊んだものだ。ピアノのことは、なるべく考えないようにし、そのうち「弾けなくっても、楽しいことはあるんだ」「このまま、弾けなくっても仕方ないかな」という心境になってきた。

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