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レオン・フライシャー氏の番組を見て

昨晩のNHK芸術劇場 は、ピアニストのレオン・フライシャー氏の特集でした。
フライシャー氏が35年にわたる右手のジストニアを克服、両手での活動を再開したことは、勿論知っていました。
番組は、インタビュー編とコンサート前半は半分程見たものの、コンサート後半のシューベルトのソナタ21番は、まだほんのさわりしか見ることができていません。
「見る」...フライシャー氏の演奏時の手付を見れば、完治には遠いであろうことがよく分かります。

シューベルトのソナタ21番は、随分前にジストニアの記事 にも書いたように、ジストニアの症状が初めて現れてから、数ヶ月後に演奏した曲です。大学院の修了試験で取り上げたのですが、指使いを散々工夫、果ては音を抜いたり、最後はほとんどやけくそでの演奏、よくぞ卒業できたものだと思います。

氏の演奏姿を見ていると、その当時の感覚がなまなましく甦ってきます。
どうしてそのような手付になってしまうのかが手に取るように分かり、どんなにもどかしい感覚での演奏であるか、また、綱渡りの状態であるかを思うと、とてもまともに見てはいられないのです。

フライシャー氏は、35年かけて快復への希望を持つことができました。
私は、それよりもっともっと短い期間で、随分快復することができた...私の中では長い年月だったけれど、それでも、35年という年月を思うと、なんと短いことか。

簡単な和音ひとつまともに弾けず、それどころか、鍵盤に手をのせようとしただけで、捻れてしまうという状況からの快復...薬を使うこともなく、自己流のリハビリのみ。特別なことをしたわけではなく、一口に言えば"脱力"ということを、常に考えていたという感じです。
(ちなみに番組では、ピアノを弾く時だけに症状が出ると説明されていましたが、私の場合は、PC使用時、コップを掴もうとする時、エレベータのボタンを押そうとする時など、日常的に症状が現れていました)

今でも完治したわけではなく、試行錯誤、調子が悪くなると、また弾けなくなるのではないかという思いに捉われることもあります。でも、たぶん大丈夫だろうと、そのうちに、気持ちも調子も立て直すことができる...ジストニアとの付き合い方を、少しずつ学んでいるのでしょう。

取り組む曲も、その時々の手の調子によって選んでいる面もあります。ある曲を練習していて調子が悪くなると、これ以上弾くとまた弾けなくなるかも、と怖くなり、曲を変えることも少なくありません(今年のコンサートも、夏頃までは、オールシューベルトプログラムの予定ではありませんでした)。

それでも私は、たしかに快復しています。なぜここまで快復できたのか、それを進んで語るべきなのではないかと思うことがあります。ジストニアの確実な治療法は見つかっていない今、何かの役に立つことがあるかも知れない、と。

でも、非常に感覚的なことゆえ、私の力では、とても言葉にはできそうにない面が多々あり、医学的知識もない私が、中途半端に言葉にしてしまうことは、何かしら誤解を与えてしまうことが、きっとあると思うのです。

一体どうして快復したのか、自分自身にもよく分からない、説明できないことが、たくさんあります。そうした諸々を整理して、いつか言葉にしたい、することができればという気持ちは、あります。

フライシャー氏は、手がアップで放映されるにもかかわらず、よくテレビ放映を許可したものだと恐れ入ります。この症状を、少しでも多くの人に知ってもらいたい、そして、今苦しんでいる人たちに諦めてもらいたくない、希望を持ってほしいというメッセージを伝えたいという意味も込められているのか...氏の胸中は想像するしかありませんが、とにかく、大変な重みを感じます。

私は、ジストニアは全く関係なく、氏の音楽にとても感じ入るものがあります。シューベルトのソナタの録画は、時間のあるときに、ゆっくりと見て、聴いてみるつもりです。
私も、今、苦しんでいる人たちには、どうかあきらめることだけはしてほしくない、焦らず長い目で見てほしいと、心から願っています。
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