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大きな波 (2003年11月~2004年1月)

結構弾けるようになったかと思えば、また振り出しに戻ったように弾けなくなったり、そんな状態が交互に続いている。良くなったり悪くなったりの繰り返し。その「波」が、大きくなってきているような気がする。
やはり、「良くなった」と思った次の日に、また弾けなくなっているのはつらい。「またすぐに良くなるさ」とあっさり割り切れればいいものを、「もうほとんど治ったと思っていたのに、どうして?!もう弾けないかも...」などと、ネガティブ思考で地団太を踏みたくなるのだ。これは「波」なのだと、アタマでは分かっていても、何度繰り返しても、慣れない。

弾けるようになると、「このまま治るんだ!」とついつい(?)信じてしまい、あれも弾きたいこれも弾きたい、ああしようこうしようという気持ちでいっぱいになってしまう。なので、またちょっとでも弾けなくなると、ムキになったり、落ち込んだり。でも、近頃は、少しずつ「執着しないようにしよう」という気持ちが働くようになってきた。とにかく、今できることに目を向けるようにする。そして、どういう状態になっても、あまり気にしないということ。努力は大切だけど、執着とは違うのだ、と...

病気やら事故やら天災やら、思いも寄らないことによって、自分の軌道が狂ってしまうことが、ある。予定していた道筋から外れたという意味では、それは余計なことなのだろうけれど、その「余計なこと」に意味を見出すことができるかどうかは、やはり、自分次第ではないかと思わされる。この状態がいつまで続くか分からない、先の見えないつらさはあるけれど、この経験が無駄であるとは、まだ思わずにいられるのだから。

自分なりに (2003年4月~10月)

4月の初めに病院に行き、その後、2週間くらいは頑張ってリハビリを続けた。しかし...手が捻れるような感じがし(見た目にも分かる)、ものすごく力が入ってバランスが取れず、どうにもつらくて仕方がない。どんなに遅いテンポにせよ(一音弾くのに3秒くらいかけても)、「一定のテンポに合わせる」ということができない。かなり無理すれば、何とかできないことはない。が、こんなに無理していては、良くなるものもならないのではないか?という気持ちが起こる。だんだんと、メトロノームに対して拒否反応が起こるようになり、もうこれ以上は続けられない!と、しばらく休むことにした。
しかし、メトロノームなしで弾くのは続けることに。一音弾くのに時間はいくらかかってもいいから、とにかくできるだけ力を抜き、指だけを動かすようにと心がける。すると、少し具合がよくなったようだ。「病は気から」と言うが、自分にとって、メトロノームがいかにストレスであったかも感じた(残念ながら、私にはメトロノームを使ったリハビリは合わなかったようだ。勿論、これは人それぞれだと思う)。

そのうち、調子のいい日には、少しだけ曲が弾けるようになってきた。かなり遅いテンポ、かつ、何度も止まりながらで、曲の原型を留めていないような状態。しかも、手にはひどく無理な力が入る。ともあれ、少し良くなったので、またメトロノームを復活させようと思ったが...やはり、つらくてできなかった。でも、この記録は残しておきたい、という気持ちから、こちらのページにその日の状態を、メモ程度につけ始めた。

結局、通院はやめてしまった。3か月に一度ではあっても、リハビリもしていないし、経過報告のためだけに行くのに、関東は遠すぎるからだ。数年前、一度克服したのだから、ここまで良くなれば大丈夫だろう、という思いもあった。具合は日替わり、という感じで、良くなったり悪くなったりを何度も繰り返した。、そうした大きな波はあるものの、10月、何とか、人前で演奏できるまでにこぎつけた。左手があまり動かない曲限定ではあるが、鍵盤に手を乗せることさえつらかったことを思うと、よくぞここまで快復したものだ、と、感無量であった。

リハビリの日々 (2003年1月~4月)

病院の先生に教えてもらったリハビリを実行することに。リハビリ、といっても、何か特別なことをするわけではない。とにかくゆっくり弾くこと。そして、それを数値であらわすこと。具体的には、メトロノームに合わせて指を動かす(私の場合は、オクターブとハノン1番を1オクターブ分)のだが、ものすごくゆっくりから始めて、徐々にメトロノームの目盛りを上げていく。毎日、どの目盛りで弾くかを決めておき、それを○△×の表にする。この目盛りは弾けたので○、これはできなかったので×...といったように。
何日かすると、○△×の表ができたが、その頃は、どんなに遅いテンポでもほとんど弾くことができなかったので、×と△が大半であった。多少は波もあって、△の多い日や、○のつく日もあるので、そうしてできた表を見ると、たしかに手の具合は一目瞭然だ。それは分かるのだけれど...とにかく、メトロノームに合わせるのがつらい。どんなに遅かろうと、一定のテンポに合わせることは至難の業なのだ。ものすごく無理したら弾けるけど、それって○?やっぱり△?それとも×?。何だか混乱してきて、△や×ばかりの表を見ると落ち込む。そうして、だんだんと続けることがつらくなってきた。

4月、2度目の診察。3か月分の○△×の表を持参すると、こんなにちゃんとした表を作ってきた人は初めてだ、と驚かれた。「手にものすごく無理がかかることがあるのだけれど、それでもやった方がいいのか?」等、あれこれ質問する。どうしても出来ない時は仕方ないけど、とにかく、これを続けることが大切だ、と仰る。この3か月、手の状態はほとんど変わっていない。「治るのに2、3年はかかるだろうから、変化がなくてもあきらめないように」と励まされ、病院を後にした。

ジストニアとの診断 (2003年1月)

ピアニストの手の障害を研究しているお医者さんは、関東の病院に勤務していることが分かった。関東...そうたびたび治療に通える距離ではない。どうしようかとしばし迷っていたが、たとえ通えなくても、とにかくキチンとした診断が欲しい!と思い、一度、行ってみることにした。
先生はよく話を聞いてくれた。これまで、どこの病院でもほとんど相手にされなかったので、どんなにホッとしたか知れない。しかし、私の症状は、日や時期によって変化することもあり、言葉で説明するのがとても難しい。やはり「精神的なもの」なのだろうか...しかし、先生の診断は、かねてから思っていた通り、ジストニアであった。

ジストニアとは、「自分の意思に反して体の一部に過剰な筋緊張が入るため、異常な姿勢をとったり、スムーズな運動が妨げられる不随意運動」のこと。要するに、意志通りに指が動かずピアノが弾けない(パソコンのキーも打ちにくい)わけだが、「あなたと同じ症状の人が、何人も来ています」と言われ、驚いた。海外の著名なピアニストもいるらしい。そして、多くが治っているという話に、どれだけ安心させられたか知れない。

ジストニアの詳しい説明。これは、一種の「ど忘れ」とのこと。たとえば、簡単な漢字を忘れたり、人の名前をわすれたり、といったことは誰にでもあり、そういうことは、辞書を引くなり人に訊くなりすれば、すぐに思い出せる。しかし、身体で覚えたことというのは元々あいまいなもので、一旦わすれると、すぐには思い出せない。たとえば、スポーツ選手。プロ野球選手が、ある日ホームランをバンバン打つかと思えば、2、3日後には全く打てず、フォームすら変わっていたりすることがある。「身体の記憶」がいかにあいまいなものであるか、ということだ。

それは、よく分かる気がする。ピアノでも、昨日まで出来ていたことが、今日はできなかったりということは、私の場合、よくある(それは、ハタから見てもあまり分からない程度のことだと思うが)。「何だかよく分からないけど調子悪い。ま、仕方ないか」という感じで、本番をそういう状況で迎えないよう気をつけてはいたわけだが、そういうことか...「身体の記憶」が確かな人と、そうでない人の差は、あるのではないかと思う。

今、私が弾けないのは、ピアノを弾く上での初歩的な記憶が欠落してしまっているため起こっているとのこと(たしかに、バイエルもまともに弾けない状態)。身体に、その記憶を思い出させるには、どうすればよいのか...薬や手術で治るものではなく、とにかく「弾く」しかないのだ。リハビリ的な弾き方(基本的には、バカみたいにゆっくり弾く)ことを教えてもらい、しばし実行することに。

いつかは治ることが分かったが、いつ治るかは、分からない。2、3年くらいはかかるのではないか、との話に、道のりの長さを感じた。


弾けなくなって (2002年1月~12月)

年明け1月と3月に喫茶店ライブ、2月には門下生の発表会の予定があった。これらを無事こなせるだろうか...この頃は、弾けないといっても部分的なもので、曲さえ選べば、何とか人前でこなすことはできた。ただ、大曲難曲はまず無理で、ゆっくりした、技術的にも易しい曲のオンパレード。が、弾いているうちに良くなるのではないか、という希望を捨て切れず、まだやれる!と、何とか頑張っていた。
しかし、どんどん悪化の一路を辿る。3月のライブを何とか綱渡り的状態でこなしたが、残るは、ステーキ屋さんBGMの仕事。ここで演奏するのは、半分眠りながらでも弾けそうな易しい曲ばかり。しかし、それすらも弾くのが困難になってきた。簡単な単音の連続ですら、手が泳ぐ。そのうち、鍵盤に手を置こうとしただけで、ぐにゃっと手が曲がり、ガチガチに力が入るようになってしまった。もう弾けない...4月いっぱい、何とか続けたが、最後の曲を弾き終え、帰りの駅のホームで「もうこれで、人前で弾かなくてもいいんだ」と思ったときの安堵感は、わすれることができない。

前回の教訓として、ピアノを休んでも治らないことは分かっていたので、何とか毎日ピアノに向かうように努力した。今回は、症状は左手のみ。左手に右手を添えて、鍵盤にのせる。手にぎゅっと力が入り、ドミソの和音ひとつ弾けない。前回と同じ症状だ。一旦克服したのだから、今回だって大丈夫!と考えるも、今の手の状態を目の当たりにすると、治る日が来るとは信じられず、落ち込むばかり。

その頃、あるお医者さんの本に出会った。ピアニストの手の障害を専門に研究しているお医者さんだ。診てもらうなら、この人しかいない!それと同時に、インターネットであれこれ調べているうちに、自分の症状は「ジストニア(自分の意思に反して体の一部に過剰な筋緊張が入るため、異常な姿勢をとったり、スムーズな運動が妨げられる不随意運動)」ではないだろうか、と思い始めた。


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